いろいろな話29


理屈と感情(その2)

(前回よりの続き)
私は何か物事を考える時は、理屈をこねて考える。
まず、正しいと思ってもその意見を述べながら、なぜそう思うのか理屈をこねる。
そうするうちに、その理屈が無理なくこねれれば、自分の考えに自信が持てる。
また、反対に上手く理屈をこねられない時は、
「間違っているのかも?」と自信を無くしていく。

しかしながら、全く逆の人も世の中にはいるもので。
そんな人たちは、理屈よりも感情を重んじる
「なんとなくそう思うから、そうだ!」と彼らは言いきる。

もし、私とこのようなタイプの人が意見が対立してしまうともう大変!
基本的に接点はどこにもない!

私はこう言う、「お前の話、わけ分からんわ!」
で、相手はこう言う「話はそうかもしらんが、ぜったいおかしいわ!そんなん嫌いやわ!」
で、結局双方納得せぬまま物別れに終わり、
その後の結果いかんで、片方が勝ち誇り、残った方はじたんだを踏む。
しかし、それでも決して相手の意見は認めない。

まあこれは極端な例だが、往々にして理屈と感情は対立する。
(これは私個人の中でも良くある話です。)
「心情的にはわかるけど、どうやろ〜、筋が通らんとちゃうんかな?」
なんてやつですね。

こんな場合普通は、ナアナアで済ましがちですが、私はそれが出来ない人間。
だから、傍目には「カタイ、冷たい」と思われることもしばしば。
しかしそう思われても、私は理屈の合わないことは我慢できないのです。
だって、考え抜いた先の理屈はそうそう変わる事はないけれど、
その時の感情ほど変わりやすい物は無いと思うから。
だから、私は自分自身の中で、理屈と感情が対立したら迷わず理屈をとります。
(もちろん、感情を満たされる新たな理屈があればよいのですが、そんなに都合よくは行きません。)

だから、こんなことは良くあります。

(夕食後、最近よくある「さて、判決は?!」なんて番組を家で見ている時のこと。)、
皆が「変や〜!絶対おかしいで〜!」と言ってる横で、
「でも、法的にはそうやろ。」と私
「ほんなら、パパもそんな目に会い〜や!」と娘

(映画やドラマを見ていて…)
「なんでそうなんねん?おかしいやろ!」と私
「もう〜!パパはすぐそんなん言う!だからムカつくねん!」と娘

う〜ん、こんなに身近に天敵がいたのか…
(しかも、順調に嫌われていってるし…)




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