いろいろな話71
馬糞はどこに行った?

猿かに合戦は皆さんご存知ですよね?
では、登場人物(?)を憶えていますか?

猿、かに、かにの子、栗、蜂、うす…
ここまでは出てきますが、
「馬糞」!
これが出てこない人が多い。
そう言うと、皆こう言う。
「馬糞なんか出えへんでぇ〜!、だいたい馬糞って生き物とちゃうやんか!」
(いや…、うすもそうなんすけど…)

順番から言うとこう

栗はじける↓
水がめから飛び出した蜂が刺す↓
慌てて飛び出た猿は出口の馬糞ですべり転ぶ↓
その上にうすが落ちてくる

しかし多くの人は馬糞を知らないという、
それもそのはず、今の本には馬糞の姿がない!
馬糞はどこに行った?

こんなこともあった。
「かちかちやま」の絵本を買って、読み聞かすと…
「かちかち山」のおばあさんは殺されないし、タヌキも改心して良いタヌキになる。
「おい!ばば汁は?!どうした!」
(あの一連のショッキングな展開で、その後のウサギの復讐が活きてくるというのに!)

どうも最近の出版界は勘違いしている。
物語の本質を見ずに、うわべの姿ばか取り繕って…
「お前は作者か?」 (Φ刄ウ)あ〜ん?
どのような作品でも作者以外の者の手が加えられたものは贋作だ!
しかも大抵は、勝手な思い込みによる改悪!
しかも本人は、子供のためにそのほうがよいでしょう!
自分達は正しいことをしているのだと鼻の穴を広げて満足している。
もういっぺん言う、「お前は作者か?」(Φ刄ウ)あ〜ん?

馬糞が汚いことは私も認める。
しかし、汚いからカットするというのは考えが足りない、いや、考えていない!
この話に慣れ親しんでしまった子供は、後に「馬糞」の存在を知ってもきっとこう思う。
「まあ、汚いからカットされてんやろな〜。」

そもそもこのお話は「グリム」がオリジナル。
(確か、大正時代に今のお話になったと思う。)
グリムでは猿もかにも別の生き物だった、
(確か猿はゴブリンだったかな?そうそう蜂の役は縫い針だったと思う…)
しかし、馬糞は馬糞だった。
(グリムのほかの話にもひんぱんに「馬糞」はでます。)
当時の馬糞は臭い邪魔者ではなく、大事な肥料、燃料でした。
だからこそ、お話の中でも活躍したのです。

さっきと反対に、オリジナルを読んだ子供はきっとこう思う。
「見た目は汚く、臭いけど、馬糞もやるやん!」

物事を上辺だけで判断させない、何事にも二面性がある、
それを知る良いチャンスを潰している出版界には何も期待できない!

出版界だけではない、何もかもがやたらといらぬことばかりする。
しかも、大抵、いや全てはそいつらの自己満足だけのために。



追記

いずれ、うわべ重視に対する不満も書きますから、宜しければ読んでみてください。
(以上は全て私のグチです…)


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