いろいろな話78


死体がいっぱい!(続編)

前回の「死体がいっぱい!」については、反響が結構ありました。
「死体」と言うもののインパクトの強さもありますが、私の書き方にも結構問題がありました。
また、「日記」に書いた一言も、よく考えずに簡単に書いてしまいました。

まず、私が前回の文章で述べたかったことは、
「他人の痛みを感じない人々への苛立ち」でした。
そのために、インパクトの強い「死体」を話の冒頭に持ち出してしまいました。
しかしながら、ここで私は
大きな過ちを犯しております、
それは
「死体」を見るという行為をさほど問題視せずに話を進めている点です。
私は、医療に携わる友人に次のように指摘され、しまった!と気付きました。

「『死体」にも『人権』はあり、『見られたくない権利』があるんですよ。」

うかつにも、私自身が「他人の痛みを感じない人々」に苛立ちながら、
他人の痛みに気付いていなかったのです。
彼はさらに、このようにも続けてくれました。

「なんでも『見たい』『見てやろう』という気持ちもたしかに大切なのですが、
モラルを持って『見ない』という心も時には大切なのです。」

(みんなが興味本意で見なければ…そういった雑誌やメディアは自然消滅するはずです。)

実は常日頃から、私と嫁は正反対の行動をとることが多いんです。
火事があれば直ぐに野次馬と化す私。
しかし、嫁は「仮に自分の家が火事ならば、絶対に見に来られたら嫌やから、私は見に行かない。」
こういって決して見には行きません。

つまりは、そう言うことなんですね…

「見たいから見る。」
これでは、人のことをとやかく言えませんよね。

今回は反省し、考え直させていただきました。

今後もこのような意見をドンドンお寄せください。

Kさん、本当にありがとうございました。<(_ _)>

(反省の意味もこめて、削除、加筆訂正などはせず。続編という形を取らせて頂きました。)


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