いろいろな話242

 

お勉強の話し 

実は私は文系学部出身です。

こう言うとよく「意外ですね〜!」と言われます。

でも、そんなことないでしょ?

文章の端々に文学の香りがしませんか?

 

しませんか…

 

そうですか…

 

まあそういう話は、置いといて〜。\(^^\)(/^^)/

 

そういう私ですが、実のところは理数系の科目も好きであったのです。

数学はパズルのようだし、

化学、生物はとても面白い!

_| ̄|○ 「物理だけはダメだった…」

 

ですので、もう勉強することのなくなった今でも、

たまに古い参考書や問題集を取り出して眺めることがあります。

無論、知識としては学生時代のほうがたくさんあったわけですが、

今はそのときにはなかった経験が増えてきているので、

あの頃とは別の視点で眺めることができて面白いのです。

それと、もう試験とか受けなくてもよい余裕もあるのでしょうか?

読み物としても面白いのです。

とっつきにくい言葉の数々も、

「そういえば、あの時のあの現象などはこれか…」と思い当たる節があるととたんに身近に感じます。

イオン化傾向や、周期律表、などなど。

現象の意味や理屈が分かると、眼に見えない部分の反応がまるで目に見えているかのように見えてきます。

数学もまた同じ。

よく、「学校を出たら数学なんて一生関係ないよ。」という人がいますが、

それは全くの誤り!

特定の式を解いて答えを出したり、ややこしい数式をこねくり回すのが数学ではありません。

ある事柄に着目し、その結果を推理し、その結果に向けてその道筋が正しいかどうかを検証しながら進んでゆく。

こういう考え方が数学の基本であろうと思っております。

これは、よく考えると、普段の実生活において常に考えておかねばならないことでしょう?

だから私は、「学校を出てからの生活でこそ、数学的な考え方は必要です。」と言いたいです。



さて、ここのところ、高校での履修漏れ画相次いで発覚しております。

世界史、日本史、美術、音楽…

たいていの理由は、受験科目ではないから。

でも、果たしてそういう理由だけで、勉強すべき科目を捨ててしまっていいのでしょうか?

無論、その科目のすべての内容を、完全にマスターする必要があるとは言いませんが、

今、そのときに学ばなければ、その先一生そういうことを学ぶ機会にはそうそう出会えません。

人は強制されなかったらば、自分の興味を持つもの以外にはなかなか首を突っ込みませんから。

でも、もし、無理やりにでも突っ込まされた首の先に、自分の思いもよらなかった興味津々のものがあったとしたら?

そして、履修漏れや、受験科目でないとのことで、それに気づくことすらなかったとしたら?

もったいないと思いませんか?



とまあ、えらそうに言っているくせに、

実は私は視野が狭く、いつも限定されたところしか見ていません。

たとえば音楽。

好きなものをいつまでも聴いているので、ほかのジャンルに気が向かない。

ほかにも、絵画、小説、マンガ、にテレビ。

やはり、趣味が凝り固まっていて、なかなか新規のものに目が向かない。

いわば、そういうジャンルでの履修漏れです。

ですので、たまに友人に薦められたり、何かの機会で体験すると…

「あ〜!知らなくて損してたな〜!」

そう感じます。


(=^^=)ゞ


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