いろいろな話262

 

勝手な解釈

 

今朝信号待ちをしていると、若い女の子が通り過ぎていった。

何とはなしに後姿を目で追うと、今の子らしくずり下がったミニスカートで背中が丸見え。

で、驚いたことに時折ずれ落ちるスカートの下から覗くのは、

!(・∀・)「まるで細いフンドシのような
ヒモパン!」

驚いた私がそのまま目で追うと…

面白いことに、女の子はそのずり下がって覗く部分を一生懸命手で隠しながら進んでゆきます。

つまり、見えていることは分かってて、でも見られることは嫌なんですね。

「これは面白いなぁ…」

つまりこれって、私たちの見る側と彼女の頭の中ではまたく反対の事を考えているんですよね。


私たち男の側だと

パンツの見える格好をわざとしている。

→だから見られても平気なはず。

→だったら隠すなよ!

でも女性の側だと、

ファッションとしてこの位置でスカートを決めたい

→だから背中の部分が覗く

→だからパンツが見えちゃうので、見えても恥ずかしくないパンツを履く。

→でも、だからといって見るなよ!




これはどちらが正しいとか、そういう問題ではなくて、

!(・∀・)「どっちも勘違い!」

つまりお互いが、周囲の状況を自分の都合の良いようにかってに解釈している。

お互い、相手がどう受け取りどう感じるかを頭を使ってイメージしていない。

あえて言うなら、どちらも社会生活を営む上では未熟です。


人が一人で生きていない以上、直接関わる関わらないに関わらず(ややこしい!)

たくさんの人々と関係してゆかねばなりません。

そのとき、各々が自分自身だけを基準とした勝手な解釈で物事を主張しだしたら、

もう本当に、収拾つかなくなってえらいことになってしまいます。


これはまた、他人へ対する評価についても同じことがいえます。

つまり、判断すべき自分自身の勝手な解釈で、相手側を一方的に、

「良い人」「悪い人」「役立つ人」「役立たない人」と振り分けていくのを良く見かけます。

確かにそういう側面はあるでしょうが、見えていない(正しくは見ていない)側面も当然あるはずです。

ですが、大抵は判断する自分自身の都合の良い側面のみを捉え、勝手に判断しがちです。

「あの人はあの時良くしてくれたからいい人。」

「あの人は以前断ったから冷たい人。」

「あの人は役に立ったためしがない…」

「あの人は私に優しいから、きっと私に気があるはず。」

「あの人は…」

昨今多いストーカーや逆恨みの犯行も、その原因の根元にあるのがこういうパターンのように感じます。
(信用していたのに裏切られた、とかいう発言も最近多くないですか?)

他人は自分ではないのだから、自分と同じ思考パターンであるはずがない。

例えそれが肉親でもそう。

よい行いをしてくれてもそこには、

「愛情」「仕事」「打算」「友情」「同情」「義務」「義理」時には「恨み」…

などなど様々な要因があり、結果としての行動に結びついているはずです。
(自分にとって都合の悪い行いもまた同様。)

だとすれば、そこで喜び(若しくは怒り)ながらも
一旦相手のその動機を考えてみる必要があると思いませんか?

そうすれば、次回もまた同じように良くしてもらえるかもしれないし、

場合によっては、今度は嫌な思いをしなくてすむかもしれません。

誤解のないように付け加えますが、

「疑い深くなれ!」といっているのではなく、

「相手の気持をおしはかれ。」といっているのです。

相手の気持が察することのできないものは、自分自身の気持も相手から察してもらえるはずがないからね。


ところで・・・


前述の
ヒモパンの話を家に帰って奥さんとしていたときのこと…



ホンマに、すごく細いパンツやってん!

丁度ほら、このプレゼント用のリボンくらいの幅!

というか、まんまリボンのパンツやったでぇ!

は!
(ここで私はヒモパン彼女の気持ちをおしはかっていた!)


もしやあれは、本当にリボンで…

包まれている中身は、プレゼントぉ〜?

つまり、彼女は…

「今夜彼氏に下半身をプレゼント〜!」ヾ(≧∇≦)ノ彡☆

嗚呼!

見事におしはかってしまった!

ヽ(´▽`)ノ ワアイ



φ(._*)☆\(−_−)「勝手に解釈すんな!」



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