いろいろな話265

 

不平不満を言う前に… 

 

やや前回の話にかぶりますが…


最近どうもよく腹を立てています。

といいますのも、人に会ったり、ネットを見渡したり、街での声やお客さんの声を聞いていると、

どうも不平不満、グチ嘆きが目に付いて仕方がないのです。

なるほど、その言い分を聞いていると確かにそうなのかもしれないが、

ちょっと待て!

その前に考えたり、思い出したりすることがあるのではない?

給料(売り上げ)が下がったという友人は、以前の高給(売り上げ)に対する感謝は?

他の職業をうらやむ人には、ではなぜ自分もそこを目指さなかった?

人の立場をうらやむものは、自分でどこまで努力した?

バイクの調子が悪いと言う人は、整備をきちんとしていました?

体重が増えて困るという人は、自分できちんと摂生してる?


などなどなど…


本当に最近こういう話を見聞きする機会が増えました。

で、その度私はこう答えるのですよ。

「自分の理想を基準にしたらあかん。」

だって、思い通りにならないことが当たり前でしょう?

誰だって、楽で楽しいほうが良いに決まってるけど、そんなもんじゃないでしょう世の中って。

それと同様に、まったく辛いことばかりで生きていくのが嫌になるようなことばかりでもないはず。

だから、不平不満以外の喜びの声もあがっていいはず。

なのに大抵は、不平不満を吐くだけ吐いて終わってしまう。

感謝がなくて文句ばっかり。

義務は果たさず権利ばっかり。

はぁ…




まあ、

それだけ吐き出せば、吐いたほうは気持ちええかもしれへんけど、

聞かされてる方は、吐いたもんをぶっ掛けられたままで気持ち悪いよ。

そのうえ、そういう相手に限ってまた慰めを求めてる。

まあ、機嫌が良かったら、こっちも慰めてあげるけど…

毎回やとしまいに怒ってしまいます。

「ええかげんに ボヤくん止(や)めぇ!」


不平不満は口にしやすいけれど、言ってる自身の考え方がそのように凝り固まるし、

何より聞かされているほうは、本当にしんどく不快やぞ。

自分の不平不満が、相手の不平不満の種になるということもイメージしてみれば気付くはず。

それを頭に入れて話をしないのは、一方的なわがままでしょう?


とまあ、私がこういう風に怒り出すと、相手は決まってこういいだします。

「だって…」、「でもな…」、「そやけど…」

次は言い訳が始まるのです。

┐(´д`)┌


どうしても原因を他者(ほか)に擦り付けたがったり、

自分の理想、希望と現実、現状とのギャップを間違っていると決め付けたがったり、

自分の受けている恩恵の方は当然のもので、ありがたがる必要はないんだと思っていたり、

なんか、ねぇ…?


そこいら辺を考え直して、

自分の中にも原因を見出し、

現実を正しく見つめなおして、

今ある幸せに気づけば、

きっと、不平不満は減ると思うんですがね。


そしてまだ不平不満があったとしても、それを垂れ流す前に良く考えよう。

吐き出された不平不満は、誰かの耳に入っていくということを考えよう。

無論私だって愚痴りたい時もありますし、不満を漏らしたい時もあります。

でもそれをいつ誰に言うべきかはきちんと考えているつもり。

決してむやみに垂れ流さないようにと注意しているつもりです。

でも、どうしても我慢できない時は、

誰かにそれを聞いてもらって、問題解決に役立ちそうならば言ってしまおうとも思います。


だから同様に、

私に話をしてみて解決に役立ちそうな話ならば、どうぞご遠慮なくなさってください。

真剣に対応させていただきます。

でもただ、誰かに不満を言い放ちたいだけならば、

どっかの川原に穴でも掘って大声で叫んでいてください。



「運がよければ、街中に広がりますよ。」!(゜▽゜)b


φ(._*)☆\(-_-)「ロバの耳か!」




無論、こういう人たちばかりではなく、本当に同情すべき大変な人々も確かにおられます。

でもそういう人たちは、だれかれかまわずに不平不満を垂れ流さない。

不平不満を大きな声で叫ぶ人たちには、圧倒的に前述の様なタイプの人たちが多いのですよ。



だからね、できるだけ楽しい話をしようよ!

嫌な話を聞くと嫌な気分になるように、

楽しい話を聞くと、楽しい気分になるもんですよ♪





あれ?

でも考えたら、

今回も前回も…

私の不平不満じゃないか!


(=^^=)ゞ

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