いろいろな話268

 

偽装騒ぎに思う 

 

先日世間を騒がせたノート再生紙比率の偽装(?)問題ニュース。

この件が発覚し、特にに役所などからかなりの数のノートが返品され行き場を失ったと聞きました。

役所の言い分では、「エコをスローガンに掲げているので、再生紙100%と偽装された商品を使用することはそぐわない。」

でもこれってなんだかおかしくないですか?

返品されたノートや紙たちはどうなるの?

売り物にならないから処分?

もしくは回収し、表示を訂正して再販?

なんにせよ、それ自体がもったいないし、返品回収の費用燃料などが無駄ですよね。

これほんまにエコか?


それに何より、品質表示に嘘があっても機能自体はなんら問題ないんでしょう?

(・∀・)「エコマークに関係なく使用したらええねん。」



最近の賞味期限への過敏な反応も同じように気なるのです。

賞味期限とは、「その食品を美味しく食べることのできる期限をメーカー側が記載するもの。」でしょう?

なのに最近は、その期日が過ぎたらもう食べてはいけないかのような風潮で、

どうかしたら、どんどん食品を捨ててしまっています。

食べ物を安心して食べれる「消費期限」ならまだそれを信じる気持ちもわかるのですがね。

でもそれにしたって、食べれるかどうかの判断は自分自身でするもんじゃない?

色を見たり、においをかいだり、少し舐めたり…

そういう当たり前の作業である程度は判断できるでしょう?

なのに、表示だけを見て物を捨ててしまったりともったいない限り…

今の世の中には、食品や資源が無尽蔵にあるわけではないんだから、

自分で問題がないと思えば、それを消費してもいいのと違うの?


なのに多くの人は、封も開けずに食品を捨ててしまったりしています。

これって考えてみれば、すごく他人に依存した甘えの行為ではないかな?

誰かが「その日」を保障してくれてるから、自分では全く判断しなくてもいい。

そしてもっと言えば、「全ての責任を他者に丸投げするから、自分は責任をかぶらなくてもいい。」

いや〜、なんて無責任でみっともないんでしょう。



うんうんうん…

なるほど、これでよく分かった!

今回のいろんな偽装騒ぎを見ていて私の感じていた違和感。

この違和感の発生もと。

無論言うまでもなく、偽装する行為そのものが一番悪いのだけれども、

そのたびに。

「いったい何を信じて食べればいいかわからないです。」

と、全ての責任をそこに押し付け、あたかも自分たちは完全な被害者だったかのように発言している人々の姿。

それに対する胡散臭さを私は感じていたんですね。


「消費者の賞味期限信仰」が行きすぎて、賞味期限近くの商品は廃棄される、

すると悪意あるメーカー側ならば、賞味期限をいかに先延ばしできるかと考える。

だますほうが悪いことは決まっているが、

責任を放棄して、無知、無作為で、そのような流れを発生させてしまうこともまた罪なんだと思うのですよ。


つまり、今回の事件メーカー側だけにではなく、消費者側にも大きな原因が隠れていたと思います。


次へ

トップへ