いろいろな話273

(080714)

 

セミの一生

 

この間、この夏初めてのセミの声を聞きました。

で、ふと思ったのですが…

よくセミの一生をとらえてこういう言い方をしませんか?


「長い年月地下に潜んで、やっと太陽の下に出れたと思ったらあっけなく死んでしまう、哀れな一生。」


でも果たしてそうでしょうかね?


幼虫時代の地中の生活は、そんなに惨めで辛くって、

成虫時代の日の光の下はそんなに華々しくて素敵ででしょうか?


地中の生活なら、外的も少ないし、食べ物にも事欠かないし、

何よりのんびり気ままに過ごせますよね。

ですがいったん地上に出たらばそうはいかない!


なんか、布団でごろごろ出来ているみたいで少しうらやましい…


むろん、地上に出てからの生活も、オスメスともに心が燃え上がる様に刺激的ですばらしいのでしょうが、

それが何年も続いたら疲れちゃうのではないかな?


とまあ、これは私の勝手な考え方ですが、先の「哀れな一生」というのも、おなじく人間の主観。

だから当のセミたちの気持ちや、幸・不幸なんか、ほかの誰にも分かるはずもなく、

勝手に判断などで気やしない。



同じことが人間同士でも、言えるでしょうね。

各地域間の文化風土の違いからなる、各々の幸福感。

それらはさまざまな形があるのが普通なのですが、どうも最近は基準を定めてそれで判断しがちです。

今現在一番勢いのあるものたちの考え方が基準とされてしまい、

それにそぐわない考え方や風習は無価値と断じられているような気がしてなりません。

その勢いあるものたちにあこがれる心が、そうさせるとしたらば、

それは、誰もが多くの情報を共有できる状態になったためでしょうか?

そういう価値観があると知ってしまったから?

そうだとしたら納得ずくになるから仕方がないのでしょうか?

誰だって快適な方がいいもんね。


でもこれが精神的なものとなると話は変わりますよね。

ま、わかりやすく言えば宗教か…

あの布教という行為は、している本人たちには悪意がないから始末が悪い。

いやむしろ、「善行」だと思いこんでいるといってもいいでしょうね。
(ノルマという意見もある)


小さな話では電話の勧誘、大きな話では特定宗教の弾圧。

損得抜きで、本当にそれがいいと思ってしていたとしても、

その時点で既に他人の価値観を踏みにじっているというおろかな行為をしているということに早く気づけよな!


(・∀・)「このエゴイスト!」


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